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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13868号 判決 1992年1月21日

原告

相樂光治

被告

松本武夫こと全武夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四七〇二万七一五〇円及び内金四五〇二万七一五〇円に対する昭和六三年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の身分関係等

(一) 原告は亡相樂光信(以下「光信」という。)の父親であり、訴外藤敬子は光信の母親である。

(二) 原告及び藤敬子は、光信の父母として、光信が本件事故によつて取得した損害賠償請求権を二分の一宛相続したところ、遺産分割協議の結果、原告が、右損害賠償請求権を全部取得した。

また、訴外藤敬子は、原告に対し、本件事故によつて取得した固有の慰謝料についての損害賠償請求権を贈与した。

2  本件事故の発生

被告は、昭和六三年一二月二日午前一一時三〇分ころ、神奈川県足柄下郡箱根町大平台二五四番地先路上(国道一号線)を、湯本方面から箱根峠方面に向かつて、大型貨物自動車(車両番号相模一一な八〇二五、以下「加害車」という。)を運転し、上り勾配で大きく左に曲がる急カーブ(以下「本件カーブ」という。)を通過しようとしたところ、加害車を左側から追い抜こうとしてきた光信の運転していた自動二輪車(車両番号品川つ二四二九、以下「被害車」という。)の後部に加害車の前部を衝突させ、光信を路上に転倒させたうえ、加害車の左前輪で光信の胸部を、左後輪でその頭部を、それぞれ轢過し、よつて、同人を開放性頭蓋骨粉砕骨折による脳挫滅によつて即死させた。

3  責任原因

被告は、光信の運転する被害車が加害車の左後方から追走してくるのを認識していたのであるから、被害車の動静に十分注意し、加害車を被害車に接触させないようにする注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、加害車を追い抜いていこうとする被害車の後部に加害車の前部を衝突させ、その結果、光信を路上に転倒させるなどして同人を死亡させたものである。したがつて、被告は、民法七〇九条に基づき、後記の損害を賠償する責任がある。

仮に、加害車が被害車に衝突して転倒させたものでないとしても、被告は、加害車の前方で、被害車が転倒して滑走していたのを認識していたのであるから、急制動ないし右に転把するなどの適切な措置を講じ、路上に転倒していた光信を轢過しないようにする注意義務があるのにこれを怠つたものであるし、右のような認識がなかつたとしても、被告は、加害車の左前輪で光信を轢過したのであるから、その時点で光信を轢いたことを認識すべきであるから、直ちに急制動して、同人を更に後輪で轢過しないようにする注意義務があるのにこれを怠つたものである。

また、被告は、加害車を自己のため運行の用に供していたのであるから、自賠法三条本文に基づいて、後記の損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 光信の損害

(1) 逸失利益 金四八五三万三六八四円

光信は、本件事故当時満二二歳の健康な男子であり、父である原告、妹である訴外相樂和子らと同居していたが、昭和五七年ころから、スポーツ用品販売業を営む原告が心臓病のために入・通院を繰り返していたことなどから、一家の支柱に準じる立場にあつた。したがつて、本件事故による光信の逸失利益は、少なくとも賃金センサス昭和六三年男子労働者全年令平均の年収額である四五五万一〇〇〇円を基準とし、その就労可能年数を満六七歳までの四五年間とし、生活費控除を四〇パーセントとし、ライプニツツ方式(係数一七・七七四)によつて中間利息を控除した本件事故時における現価を算定した額である金四八五三万三六八四円が相当である。

(2) 慰謝料 金一二〇〇万円

光信は、本件事故当時満二二歳で、前途ある将来を期待されていたものであり、病弱の父である原告を残して一瞬にして命を奪われたことに照らすと、本件事故によつて光信の被つた慰謝料として、少なくとも金一二〇〇万円が相当である。

(3) 物損 金三六万二三六六円

光信は、本件事故の日の前日である昭和六三年一二月一日、被害車を金三六万二三六六円で購入したところ、本件事故によつて被害車は破損し、使用不能になつたので右同額の損害を被つた。

(二) 原告ないし訴外藤敬子の固有の損害

(1) 死体処置料 金一〇万一一〇〇円

原告は、訴外株式会社辰美屋葬儀店等に対し、光信の死体処置料として、金一〇万一一〇〇円を支払つた。

(2) 死体検案料等 金三万円

原告は、訴外清水医院に対し、光信の死体検案料及び検案書料として、金三万円を支払つた。

(3) 葬儀費 金一〇〇万円

原告は、訴外株式会社立美商事等に対し、光信の葬儀関係費として、少なくとも金一〇〇万円以上の金員を支払つた。

(4) 慰謝料 金八〇〇万円

本件事故によつて、原告及び訴外藤敬子が被つた固有の慰謝料は、それぞれ、少なくとも金七〇〇万円及び金一〇〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告は、本訴請求を原告訴訟代理人に依頼してその弁護士費用として、金二〇〇万円を支払うことを約した。

5  損害の填補

原告は、平成元年九月一五日、加害車に付されていた自動車損害賠償責任保険から金二五〇〇万円の支払いを受け、原告の被告に対する損害賠償額に填補したため、填補後の被告に対する請求額は金四七〇二万七一五〇円となる。

6  結論

よつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条又は自賠法三条本文に基づき、金四七〇二万七一五〇円及びうち弁護士費用相当額を控除した金四五〇二万七一五〇円に対する本件事故発生の日である昭和六三年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  本件事故の発生

原告主張の日時場所において本件事故が発生したことは認めるが、その際、被害車の後部に加害車の前部を衝突させて光信を路上に転倒させたことは否認し、その余の事実は知らない。

3  請求原因3のうち、被告が加害車を自己のため運行の用に供していたことは認め、その余の事実及び主張は争う。

4  請求原因4の事実は知らない。

5  請求原因5のうち、原告が、平成元年九月一五日、加害車に付されていた自動車損害賠償責任保険から金二五〇〇万円の支払いを受けたことは認め、その余の事実ないし主張は争う。

三  抗弁(過失相殺)

光信は、ゴルフバツクを背負つた不安定な状態で被害車を運転しているのにもかかわらず、本件カーブにおいて加害車を左側から追い抜こうとし、そのため、自ら被害車を転倒させたものである。したがつて、本件事故発生についての責任の大半は光信にあるのであつて、原告に対する損害賠償額を算定するにあたっては、八割以上の過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  原告の身分関係等

1  請求原因1(一)の事実は、成立に争いのない甲第三ないし第六号証によつてこれを認めることができ、また、請求原因1(二)の事実は、証人相樂洋子の証言によつて真正に成立したと認められる甲第七、第八号証によつてこれを認めることができる。

2  したがつて、原告は、後記三記載の損害に係る被告に対する損害賠償請求権を全部取得した。

二  本件事故態様及び被告の責任

1  請求原因2のうち、原告主張の日時場所において本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

また、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一〇号証によれば、被告は、本件事故の際、別紙図面の<2>、<3>、<4>、<5>、<6>、<7>の各地点(以下、単に「<2>の地点」というようにいう。なお、加害車の位置は運転席を基準とする。)を順次通過した本件カーブの形状に沿つて進行していること、本件事故現場には、本件事故によつて生じたと思われる擦過痕があり、そのうち別紙図面の<×>の地点から同図面の<オ>の地点(以下、単に「<オ>の地点」というようにいう。)までに存するものは、加害車の右進行経路に沿つた曲線状のものであったのに対し、その手前に存するものは、本件道路をカーブ内側から外側に向かつて斜めに横切るようにして<×>の地点に至る、長さ約七メートルの直線状のものであつたことが認められる。

2  右各事実に成立に争いがない甲第一、第二号証、甲第一〇号証、原本の存在と成立につき争いのない甲第一一、第一二号証及び被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、湯本方面から箱根峠方面へ向けて約一〇〇分の七パーセントの割合で上り勾配となつており、曲線半径を約一一メートルとするヘアピン状のカーブであり、路面はアスフアルトで舗装され、歩車道の区別はなく、片側一車線、最高速度を高中速車とも時速四〇キロメートルとするとの規制がなされ、上下線とも駐車禁止と指定されている。また、本件カーブの東方、北方及び南方はそれぞれ雑木林であるが、カーブの内側(加害車の進行方向左側)である西方は若干の低木があるほかは芝生であり、カーブの手前の直線部分における前方の見通し状況は、約一〇〇メートル先まで認識可能であり、本件カーブの中央部付近における加害車の左方バツクミラーによる左後方の見通し状況は、約三〇メートルである。

(二)  被告は、昭和六三年一二月二日午前一一時三〇分ころ、湯本方面から箱根峠方面に向かつて、加害車を運転して本件カーブにさしかかつた際、<2>の地点において、左後方を確認したところ、光信の運転する被害車が<ア>の地点において走行していたことを認めた。その後、被告は、<3>の地点で、ギアをサードからセカンドに変え、時速約一五キロメートルの速度で、本件カーブを曲がりつづけた。

(三)  他方、光信は、ゴルフバツクを背負い、本件カーブで加害車を左側から追い抜こうとしたが、本件カーブを曲がり切れずに横転して転落し、被害車は加害車の前方である<ウ>の地点(ただし、車両後部は別紙図面の<×>の地点)まで滑走し、路面上に別紙図面の<×>の地点に至る直線上の擦過痕を残した。

(四)  被告は、<4>の地点において、前記(三)記載の地点で滑走している被害車を見たが、<5>の地点において、既に転倒していた被害車の後部に衝突し(衝突地点は、別紙図面の<×>の地点)、それと前後するように、加害車の左前輪によつて光信の胸部を轢過し、更に、<6>の地点において、左後輪によつて光信の頭部を轢過し(轢過場所は<エ>の地点)、光信を開放性頭蓋骨粉砕骨折による脳挫滅によつて即死させた。

なお、被告は、<4>の地点と<5>の地点との間付近で加害車に揺れを感じ、<ウ>の地点付近で被害車に衝突したことに気づき、本件カーブを曲がり切つた<7>の地点で停車したが、その間、被害車を引きずつたため、路面上に、長さ約二〇・七メートルの曲線上の擦過痕が残つた。

(五)  加害車は、車長約七・五五メートル、車幅約二・四八メートル、車高約三・〇八メートルの大型貨物自動車(一〇トントラツク)であり、本件事故当時、二〇トンの積載物を搭載しており、本件事故によつて、積載量超過のため行政処分を受けている。

3  原告は、加害車が被害車に衝突して転倒させた旨主張し、甲第一九号証を提出する。しかし、右証拠自体によつても原告の右主張を直ちに認めることはできないし、前記認定の加害車の進行経路や本件事故現場に残存していた前記直線状の擦過痕、本件カーブの形状からすれば、前記のとおり加害車との衝突前に転倒していたと推認するのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。

他方、被告は、被告本人尋問において、被害車が滑走しているところをみていない旨供述するが、甲第一〇号証によれば、被告は、本件事故後に行われた実況見分において反対趣旨の指示説明をしているのであり、原告の右供述は採用できないというべきである。

4  以上の事実からすれば、被告は、自車に追い付きつつあつた被害車の動静に配慮しないまま本件カーブを進行中、加害車の前方を滑走している被害車を認めたのであるから、被害車を運転していた光信が加害車の前方にいることを予見しうるというべきであり、そうであれば、被告としては、後続車の動向に注意を払うとともに滑走している被害車を加害車の前方に認めた時点において加害車を急制動するなどし、光信を轢過することを回避すべきであつたのに、これを怠り、そのまま走行をつづけ、光信を轢過したというべきであるから、被告には本件事故発生について過失があり、民法七〇九条に基づき本件事故によつて発生した損害について賠償すべき責任があるというべきである。

しかし、他方、前記各証拠によれば、本件事故現場は、急な上り勾配かつ半径一一メートルというヘアピンカーブで、かつ一車線の幅員しかなく、加害車は視界も悪く操作も鈍重な大型貨物自動車であつたから、このような場所での追抜きは当然避けるべきにもかかわらず、光信がかなりアクセルをふかした状態で加害車をカーブの内側から追い抜こうとし、そのため本件カーブを曲がり切れずに横転し、加害車の前まで滑走したことが本件事故の直接の原因と考えられるから、本件事故の発生については光信にも重大な過失があるものといわなければならない。そして、本件のようなカーブにおいては、被告としても、対向車の有無及び動向に特に注意を向けなければならず、カーブの途中で停車することもできるだけ避けなければならない状況にあること、このような場所での追抜きは通常考えられないことを考慮すると、本件事故の発生に対する被告と光信の過失割合は四〇対六〇と認めるのが相当である。

三  損害について

1  逸失利益 金四〇四四万四七三七円

証人相樂洋子の証言及び右証言によつて真正に成立したと認められる甲第二四号証の二によれば、光信は、本件事故当時二二歳の健康な男子であり、昭和六二年度において、日本ビツト株式会社(現商号、日本プロセス株式会社)から、合計金二六七万二一三六円の給与及び賞与を得ていたことが認められる。

右の事実によれば、光信は、本件事故時から六七歳になるまでの四五年間について、賃金センサス昭和六三年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・全年齢平均年収額である金四五五万一〇〇〇円の収入を得ることができたとみられるから、光信の生活費を右年収の五〇パーセントとし、ライプニツツ方式(係数一七・七七四)により年五分の割合による中間利息を控除して、光信の逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、金四〇四四万四七三七円となる。

原告は、光信の生活費控除率について、一家の支柱に準じて四〇パーセントが妥当である旨主張するが、本件全証拠によつても、本件事故当時、光信が原告や訴外相樂洋子らを現に扶養していたと認めるに足りる証拠はなく、原告の右主張は採用はできない。

2  物損 金三〇万円

証人相樂洋子の証言及び右証言によつて真正に成立したと認められる甲第二〇号、第二一号証(甲第二〇号証については原本の存在及び成立とも)に弁論の全趣旨を総合すれば、光信は、昭和六三年一一月二八日、被害車を代金三四万八〇〇〇円、分割手数料金三万三四〇八円の合計金三八万一四〇八円で購入したところ、右車は、本件事故日の前日である昭和六二年一二月一日に光信に対し納入され、本件事故によつて使用不能のため警察で処分されたことが認められる。右事実によれば、本件車両は、光信に納入した日の翌日にいわゆる全損となつたと考えられるから、少なくとも金三〇万円をもつて損害とするのが相当である。

3  死体処置料 金一〇万一一〇〇円

証人相樂洋子の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一三号証の一及び成立に争いのない甲第一三号証の二と証人相樂洋子の証言によれば、原告は、光信の死体処置のため、株式会社辰美屋葬儀店に対し、金一〇万円を、その際、高速料金として、金一一〇〇円を(合計一〇万一一〇〇円)を支払つたことが認められる。

4  死体検案料等 金三〇〇〇円

証人相樂洋子の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一四号証及び証人相樂洋子の証言によれば、原告が、光信の死体検案料等として、清水医院に対し、金三〇〇〇円を支払つたことが認められる。

5  葬儀費 金一〇〇万円

証人相樂洋子の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一五ないし一八号証及び証人相樂洋子の証言によれば、光信の葬儀が行われ、原告が金一〇〇万円を越える費用を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係あるのはそのうち金一〇〇万円とするのが相当である。

6  慰謝料 金二〇〇〇万円

本件事故の態様、結果、本件事故時における光信の年齢、光信と原告及び訴外藤敬子との身分関係、その他本件訴訟の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、光信と原告及び訴外藤敬子が受けた精神的苦痛を慰謝するには、全部で金二〇〇〇万円をもつてすることが相当である。

よつて、本件によつて生じた損害は、全部で金六一八四万八八三七円である。

四  過失相殺

前記認定のとおり、被告と光信との本件事故における過失割合は、四〇対六〇であるから、これを斟酌して原告の右損害額から六〇パーセントを減額すると、この過失相殺後の損害残額は金二四七三万九五三四円(円未満切捨て)となる。しかし、原告が加害車に付された自賠責保険から二五〇〇万円を受領していることは当事者間に争いがないから、本件事故による被告の原告に対する損害賠償債務は、すべて消滅したものと認められる。

五  結論

よつて、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 稲葉威雄 石原稚也 見米正)

別紙 <省略>

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